日記

 今生日記konjyo nikki  ー日記



この話、酔っぱらったときに見境なく話している気がするから、もしかしたら聞いたことがあるかも、ですが。その昔に『シティロード』という月刊の情報誌があって、それは情報誌であると同時に面白い読み物雑誌だったんだけど、と書くときに。たぶん“サブカル系の”とかっていう形容詞が付きがちなんだと思うけど。“サブカルチャー”とかっていうのが言葉としてピンと来なくて、何がカウンターで何がサブなんだか、50年生きてきてまだわからないので、ましてやそれを略されてもちょっと困るんだよな、わたしは。ともあれ『シティロード』という雑誌があって、そこに日記のページがあったのです。


見開き(2ページ)を横長に5段ぐらいに区切って、5人の執筆者がそれぞれの日記を一週間分だったかな、書くわけです。1日分の文字量が200字程度だった気がする。つまり、ツイッターとブログの中間みたいな日記なのだ。執筆者を全員覚えていないのだけれど(途中で変わってるし)、町田町蔵が下のほうにいて、一番下が詩人の平出隆だった気がする。町田は作家になる前の自称・パンク歌手だった頃で、肉体労働のバイトと何も起こらない日常を普通に綴る中に、出演中だった映画『熊楠・KUMAGUSU』のことがたまに出てくる程度の日記だった。と書くために山本政志監督のこの映画を検索したら、資金難で完成に至っていないのね。ご愁傷様です。まあ、そんな時代だったんだな、80年代の末から90年にかけて。バブルってやつの裏側で、あんまり面白いことが起こらなかった気がする。


日記はどれもたいていつまらなかった。いや、どのひとのもつまらないけど、でも日記だからそれなりに面白いふうで。毎月わたしは楽しみに読んでいました。読んでも片端からわすれていって、わすれてもいいよ、ってな感じの読み物であったのだけれど。あるとき、平出隆の日記を読んでいて、あ……と気づいて。その瞬間の戦慄だけはよく覚えている。それまでずっと、詩人の何も起こらない日常を淡々と綴った日記だと思って読んできたものが、あるとき、小さな文章の一節で、フィクションであったことに気づいた。うそ日記だったのだ。やられた、と思った。それから平出隆というひとが少し好きになった。ちなみにその後、作家になった町田康の文章はいまだに読む気がしなくて、『シティロード』の日記が最後。


興味深い男のひとたちがまわりにいるので、ここのところのわたしの関心事は男と女の違いであったりするのだけれど。男が日々を淡々と綴ったまじ日記はつまらない。肉がついていないから。暮らしとはしょせん、女のものなのではないかしらと思うのは、武田百合子の『富士日記』をまた、ぽつりぽつりと読み返しているからだ。このひとに限らず、わたしは物語をつくる女の作家よりも、日常をいきる作家の妻のほうがなぜか好きみたい。『富士日記』はまじ日記。うそ日記ではない。作家の妻の日常がスケッチみたいに、ひたすら淡々と書き続けられている。食べたものとか買ったものとか聞いたこととか見たこととか話したこととか。でも、読んでいてときおり、ウッとなる。ウッとなって、ページを閉じて、胸に手を当てて、浮かんだ風景を目の裏で読み返したりする。たとえばこんなとこ。と引用して乱暴に今週を終えてしまいます。すみません、公私ともによゆうがないの。

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八月十七日(火)晴

 朝ごはんを終えてすぐ、河口湖駅より列車便の原稿を出しに下る。主人同乗。駅から思いたって、そのまま本栖湖へ行く。ボートに乗る。岸づたいにはこられない。人のいない溶岩の入江に舟を着け、水着をもってこないので、主人真裸になって湖水に入り泳ぐ。水は澄んでいて深く、底の方は濃いすみれ色をしている。ブルーブラックのインキを落としたようだ。そのせいか、主人の体は青白く、手足がひらひらして力なく見える。私は急に不安になる。私も真裸になって湖に入って泳ぐ。

 帰り、農協でビール二十六本買う。

 おそい夕飯のあとかたづけをしていると、豆粒のような灯りの懐中電灯をちらちらさせながら、笑い声の男と女、勝手口へ下りてくる。電報配達の男に、女が一緒に遊びがてらついてきたらしい。

 タカミサンシス ソウギミテイ モリタ


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白江亜古
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