まほうの9・アンテナ2

 今生日記konjyo nikki  ーまほうの9・アンテナ2


わたしは呪文を持っている。誰もが呪文を持っている。そのときがきたら、呪文が自然に口から出る。すると、それが現実になるから不思議。そっちの方角へ、ころりんころりんと物語が進んでいく。もちろん、空(から)呪文のこともあるけどね。できるだけ物語が面白くつながっていく呪文を、唱えるようにしたいわけ。だからわたしたちはアンテナをみがく。と、ああ……書いていて、今わかった。アンテナをみがいている段階で、わたしたちは〈わたしたち〉なんだ。たったひとりの思惑や欲望やたくらみで、何かが始まるわけじゃない。


まほうの物語の続きを書こうとしています。まほうの物語、といったって、現実世界の話。誰もがやっている、アンテナのみがき方の話なのかもしれない。


最初の呪文をとなえたのは、山田正樹だった。あなたは惣一朗くんと一緒にやるべきだ、鈴木というドラマーが二人いるバンドをーーと、彼は〈男〉に言った。その呪文が伝わってきたとき、「ああ、それこそがわたしも望むこと!」とわたしはひとりの部屋で首を激しく縦にふった。新緑がまばたきしている4月の夜だった。まだ見ぬバンドの姿を想いながら、ベッドの上で丸くなり、胸を焦がした。奇しくも同じ名前の太鼓ふたりに、歌うギター弾きがひとり。なんてチャーミングな編成だろう。ロックバンドでもフォークバンドでも、彼らはきっとないでしょう。やんちゃでおもしろくてはげしかったりさびしかったり冷静だったりする太鼓ふたつに、澄んだせつなの声のトライアングル。銀の三角。彼らはきっと波にも雨にも風にもなれる。


最初のライヴは円盤だよ、それしか考えられないーーという呪文は、〈男〉によってもたらされたものだ。6月の中頃のぴかぴかした雨上がりの夜に。聞いたとき、びっくりした。「えっ、そんなこと考えてたの!?」って。だって、3人でバンドを始めることになった6月の初めには、「では、ライヴをどうする?」みたいな話にさっそくなったけれど、あのときはみんな、もっとありきたりな未来を想像していたはずだから(でも、〈男〉はそうではなかったのだ)。



あの夜。わたしたちは夢見心地だった。ありきたりな未来は、熱に浮かされて見るものなのかもしれない。「そうそう、やっぱりそれだよね!」って、すぐにすくいとれる浅瀬にたゆたうイメージは。3人でバンドをやることが決まると、大事件だ、とわたしは思った。約20年ぶりに姿を現した〈男〉が、すきすきスウィッチを一緒にやっていたと、絶望の友を一緒にやっていたPさん、ふたりのドラマーを伴って新しいバンドを始めるのだ。彼らを見たい聴きたいひとはきっとたくさんいるはず。だから、ドーンと夜空に咲く大輪のダリアみたいなライヴで幕開きを…………と、そんなことをわたしたちは話し合った。今はもうない西荻THE“ロック”食堂で。ぷちぷちと浮かんでは消える、琥珀エビスの泡つぶを口の中ではじけさせながら。それじゃライヴハウスはどこがいい?とか対バンはどうする?とか、実現しそうな空想話で盛り上がって、楽しくてうれしくてワクワクで、みんなで笑ってばかりいた。六月の都会の菫色の空の下で。


あの夜。あまりの楽しさに、ぼうっと熱を帯びたピンク色になって、わたしはみんなと別れるとスキップで家へ帰った。そして、このまほうの日記を書いた。〈バンドの名前はすきすきスウィッチ。〉と書いて、物語の第一部を終わらせた。書いてしまった、言ってしまった、のだということは、ずいぶんあとになってから知ったこと。バンド名なんて、実際にはあのとき誰もそんなこと言ってない……って? わたしの空耳だって!? そう教えられたとき、え、まじで?????!!!!!!!!!!!!!!!と息がとまりそうになった。なんてことをしてしまったんだろう、どうやらわたしは自分の呪文を間違って使ってしまったようなのだ(驚きの真実でしょう? わたしも驚いたし、焦った。で、あまりのことに、無視を決め込んだのです。ひどい話だ)。


3人のバンドは、実際にはまだ名前がなかった。それでも、最初のライヴは円盤だよ、それしか考えられないーーという〈男〉の呪文に導かれて、8月の日曜日、高円寺・円盤で初ライヴをすることが決まった。それも正午の12時〜13時という、円盤の開店前の時間帯に。それこそ「まほうみたいな話」だと感心してしまう。だって、こんな展開、ふつうは誰も想像しないもの(そうか ふつうじゃないんだっけ)。



高円寺南口の線路脇。夜にはアセチレンランプの瞬く異国の屋台めく飲み屋小路を、阿佐ヶ谷方向へ歩いて左手にある古いビルの二階に、円盤はある。ゴジラ屋までは行きません、その手前。外階段をのぼると重たいドアがあって、それを押して中に入ればCDやら本やらを売っている小さな店だ。「作り手自身が納品すること」を条件に、日本全国の自主制作盤を扱っている。昼間は喫茶店でもあり、夜にはライヴや寄席や読書会やコーヒー講座などのイベントが毎晩何かしら行われている。ライヴは………おびただしい量のCDやCD-Rや本やミニコミの中で、演奏者が演奏をし、客がそれに耳を傾ける、といった具合い。ステージと客席に段差があるわけでもなく、アンプやらの機材が窓際にあるから、どうやらそっち側が演奏者の立つ場所とわかる程度のこと。立ち見も含めてお客さんは30人も入れば満員。一番前に座ったひとは、演奏者の楽器弾く手の至近距離。窓の下は線路脇の飲み屋小路だし、防音対策が完璧なわけではないから、あまり大きな音は出せないーー。と、そんな変わった形態の店である円盤は、確か今年、10周年を迎えた。


「店主が自分の好きなものを集めて売っている、セレクトショップみたいな古本屋っていうのが最近あるじゃない? ああいう店と円盤ってどう違うんだろう?」 あるとき、山田正樹がわたしに訊いた。うーむ………そう訊かれると…………どう違うんだろう?


彼は、山田正樹は、高校時代からの親友である〈男〉が去年11月から公開練習を始めたので、それで円盤に来るようになった。つまり円盤初心者。初心者ではあるけれど、その小さな(あるいは大きな)遊び場を、彼なりに静かに楽しんでいる様子だ。円盤店主の田口さんがニヒル牛で売っているタグチニッキを、海の近くで暮らす山田正樹に送ったとき、彼から届いた御礼のメールにこうあった。〈佐藤と再会してから何かと面白い目に逢っているんですけど. 田口さんのような人がこの街に生きていて,月に一度くらい会えるというのも,とても嬉しいことの一つでした. まあ,会ったからと言って,CDや本のいくつかを買って,泡盛をお代わりするだけなんですけど. 田口さんと円盤のせいで,高円寺をだいぶ好きになっている〉。


あ、答えはすでにこの中にあるじゃない、と今、書きながら気がついた(文章を書いていてわかることは実に多いのです)。セレクトショップみたいな古本屋と、円盤との違い。前者には泡盛は……きっと置いていない。いくら店主が沖縄帰りだからといって、ハブ酒も置いていない。ビールを国産はもちろん、ハイネケンもクローネンブルグもシンハーも青島も揃えている、なんていうセレクトショップは滅多にないだろうし、それだけじゃなくて円盤には、日本酒も焼酎もホッピーもジンもウォッカもウイスキーもいろんな種類がある。自主制作盤の店なのに。しかも店主がお酒飲みでないにもかかわらず。コーヒーだって、夜に行われるコーヒー講座で、(「水中、それはくるしい」の)ジョニー大蔵大臣以下、店のスタッフがおいしい淹れ方を学んでいるという本気度。だからたとえば、ちょっと気になった鳥取のバンドのCD-Rを買いに円盤へ行って、500円+消費税で目当てのものを買い。一服していこう、と思ってコーヒーを頼んでソファに腰掛けると、思いがけず、「おっ」と唸ってしまうような、ちゃんと香り立つおいしいのが出てくるという。そういう環境をなんて言いますか? わたしは“自由”と呼んでいる。


円盤では音楽も“自由”。自分はアルコールを好まないのに、いろんなお酒を置いているように、円盤で扱っている自主制作盤は、店主の田口さんが自分の“お気に入り”を選んだものではない。音楽のジャンルすらもここでは問われない。ただ、「演奏したい」「歌いたい」「作りたい」想いに駆られているもの・ひとを受け入れているだけ。だから、ときには聴くひとによると「虫ずが走る」「なんとも嫌な気分になる」CDやCD-Rも売られていたりする。店主が自分の好きなものを集めて売っている、CD屋やレコ屋や本屋や洋服屋や雑貨屋のセレクトショップとは真逆なのです。


そういう“場”で、去年の11月から〈男〉が公開練習を始めたのは理由がある。田口さんがそんな“場”を作るきっかけを作ったのが、誰あろう〈男〉であったからだ。田口さんはニッキの中で、〈男〉についてこう書いている。


ポップさんがその若き日に音楽のイロハを教わった師匠のような人なんです。で、実はかくいうこの私も同じような出自がありまして、二十代前半の私に「ライヴハウスにも優れた音楽家がいる」と誘い出し、その佐藤さんのバンドはもちろん、現ラブジョイのビッケさんたちが当時やっていた「積極的な考え方の力」や、ルナパーク・アンサンブルのメンバーたちが当時やっていた「イカのフユ」というバンドなどを紹介されました。そこから僕のライヴハウス通いが始まったと言ってもよく、佐藤さんには恩義があるのです。「円盤タグチの二○一二年一月のニッキ」より


約20年間、音楽活動から離れていて、楽器を触ることもしなかった〈男〉が、再び、音楽を始めたい衝動に駆られたとき。自分がどれだけできるのか、何をできるのか、何をしようとしているのかもわからない、そんな状態の中で。人前での公開練習という策を思いついたのは、円盤という場所が、彼の頭の中にあったからではなかったか。店主の田口さんが自分の“お気に入り”を選んだものではない。音楽のジャンルすらもここでは問われない。ただ、「演奏したい」「歌いたい」「作りたい」想いに駆られているもの・ひとを受け入れているだけーーの場所があったからこそ、〈男〉はそこでおずおずとギターをならし、久しぶりに“声”をならしたのではなかったか。


最初のライヴは円盤だよ、それしか考えられない、という呪文を〈男〉がとなえたのは、日曜の昼間の公開練習というイレギュラーな試みを受け入れくれた円盤への恩義からだろう。それと、3人のバンドが、「こういう音楽を演奏したい」「こういうバンドをやりたい」ということではなくて、ただ、「演奏したい」「歌いたい」「作りたい」想いに駆られて始まったことのあかしなのだと思う。約20年ぶりに音楽を始めた〈男〉だけでなく、音楽を長年の生業としてきたにしても、いろいろなバンドでずっと音楽をやってきたPさんにしても、〈男〉と一緒に音楽をやるというのは「やりたい!」からだから。


なーんていうことを注意深くみつめるのも、アンテナをみがくこと、かな。



ものに名前をつけるように

ぼくはぼくの靴をえらぶ

言葉でのりづけしてしまうように

ぼくはきみにプレゼントを包む

どこで買ったの

いつ買ったの

なにを買ったの

休みの朝にはアンテナをみがこう

休みの朝にはアンテナをみがこう



円盤は“自由”の場だと書いた。“自由”は、「何をしても許される」こととイコールではない。他人に許される“自由”など、この地上のどこにもない。“自由”は、自分の中にある。自分を深くしずかに見つめて探って、そこから、ざわざわと駆り立てられたり、サーッと開けていく視界や身のこなしが“自由”。「なんでもありますよ、どうぞご自由に」と店主ににっこり微笑まれたときに、自分がその“場”で何を味わうのか。何を楽しむのか。何を自分のものにするのか。


3人のバンドで初ライヴをする前に、7月に渋谷の大きなライヴハウスで行われた円盤の夏祭りに、〈男〉とPさんのふたりが出演した。最初はワーッと歓声で迎えられて、3曲目あたりからかな、空にアヤシイ雲が流れはじめたのは。


どっどど、どどっど、どどっどどど、どっどど、どどっど、どどっどどど、と山のほうから吹いてくる風の太鼓の音ではじまる曲がある。ざわめく気持ちが毎日のくらしをたたきのめす、その直前に踏みとどまる、と〈男〉がうたい、どっどど、どどっど、どどっどどど、とPさんが太鼓にバチを落とす。


どっどど、どどっど、どどっどどど、どっどど、どどっど、どどっどどど、ドッドド、ドドッド、ドドッドドド、ドッドド、ドドッド、ドドッドドド、円盤というくらいだから、それは丸いものだと思っていると、それは違うんだーーーーっ、ドドッドドッ、ドドッドドッン、ドン、ドドドドン、ドン、ドドドドンン、ドン、ド、ドン、ド、尖ったものが、それがすごいスピードでまわっているから、だけなんだって! だから近づきすぎると、細かい傷だらけになって返ってくるでしょ。


〈男〉が、歌とも説法ともお囃子ともつかない、ふしぎな文句を絶叫する。異形という言葉をわたしは久しぶりに思い出した。この国にはかつて、そこいらじゅうに闇があって、そこには見てはいけないものや、見られたくないものがひっそりと息づいていた。異形のものが。夏祭りの〈男〉とPさんの演奏は、闇の世界にいるそれだった。なめらかさやかっこよさの対局にあるもの。ゴツゴツとして、いびつで、ぶざまで、変に熱っぽくて、いがらっぽくて、見てはいけないものを見ているようで。ステージの上で顔を赤くして、キングコングみたいに胸をこぶしでトントン叩いて、澄んだふるえる声を出す〈男〉の立ち姿を見て、わたしはいたたまれない気持ちになった。くるしくてせつなくて。でも、空調の効きすぎた渋谷のライヴハウスに集まる大勢の客は、あいかわらずヒューッという歓声や、拍手や、笑い声を上げている。わたしは違和感を覚えた。ステージの上の明かりのついている場所、あそこに今現れているものは、拍手で撫でられるような、そんな可愛らしいものじゃないのに。でも、これが祭の祭たるゆえん? いつもは闇の中にあるものも、おもしろい見世物になる。それが祭なのかもしれないけれど。ーつづく


挿入歌/すきすきスウィッチ『アンテナ2』





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