まほうの11・スイッチ3

 今生日記konjyo nikki  ーまほうの11・スイッチ3


飛んでくる矢がいつしか百合の花に姿を変えて、騎士の鉄兜や鎧や楯に当たり、地面が白い百合の花だらけになるーーっていうイメージ、どこから浮かんでくるのかな。むかしむかしにそんな画を見たことがある気がする。そんなイメージも頭の中にときたま浮かぶ。ひとつき、っていうのは本当に長くて。3月に〈男〉の公開練習を見に行って、まほうの時間に迷い込んでしまってからの、ひとつき、っていうのは気が狂いそうに長くて。7月の円盤の夏祭りから、8月の〈男〉たちのライヴまでのひとつきは、まるでどこまでも続く蟻の行進を眺めている気分だった。


あの矢をみんないったいどうしたんだろう。円盤の夏祭りの夜、Pさんのあやしい太鼓の音の中で、〈男〉ののどから飛んできた透明な矢を。いや、持ち帰ったひとだってきっといる。あるいは射られたまま数日を過ごしたひとだって。でも、歓声を上げたり拍手したり手拍子打ったり笑ったりしたフロアから、ひとびとが消え去ったあとで。いつしか百合の花に姿を変えた矢が、冷たい闇の中に横たわっているイメージがわたしの中にふと湧く。あのとき生まれて、流れた歌は、どこへ行ったんだろう? そんなことばかり、7月から8月にかけて考えていた。


だから8月が来て、その日がやって来たとき。とうとう3人での演奏が聴ける! とワクワクな半面、「どんなことになるんだろう?」と心配でもあった。いったい何が出るかわらかないから、〈男〉のライヴの前はいつも逃げ出したいぐらいどきどきなのだけれど、しかも何しろ今度は3人なのだし。



あなたは惣一朗くんと一緒にやるべきだ、鈴木というドラマーが二人いるバンドをーーと山田正樹が〈男〉に告げた呪文。その力がはたらいて、かつてすきすきスウィッチをやっていたと、〈男〉は30年ぶりぐらいにまたバンドを組むことになった。それも今度は、絶望の友のメンバーだったPさんと3人で演奏をするのだ。どんなバンドになるのか想像もつかない。名前もまだ決まっていない。だけど、最初のライヴは円盤だよ、それしか考えられないーーと〈男〉が呪文をとなえたから、場所は高円寺の円盤で、公開練習ではなく、お客を集めてライヴをする。約20年間音楽から離れていた53歳の〈男〉。プロデューサーやミュージシャンとして、ずっと音楽を生業にしてきた53歳の。ドラマー一筋で、20代からずっとバンドを続けてきた47歳のPさん。真夏の日曜日、円盤の開店前(!)の12時〜13時というまほうの時間に、30人入ればいっぱいになってしまう店の中で、彼らの初めてのライヴが始まろうとしている。いったいどんなことになるんだろう? いったい何が起こるんだろう?



窓際のスペースに楽器をセットして、3人の男たちが並んでいる。店に流れていた音楽が途切れると、挨拶も何もなく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざく、ざくと最初にギターが無骨な音で鳴りだした。途中からギターに寄り添うように、たたとん、たたとん、たたとん、たたとんとドラムが入り、さらに流れを作るように、たたたた、たたたた、たたたたと抑えた音のドラムがもうひとつ入って、そこから歌が始まった。



なにを聞きにきたの?

なにを聞かせにきたの?

なにを聞きつけてきたの?

なにを聞いてきたの?


かがやくスイッチ

かがやかすスイッチ



サーッといきなり胸に風が流れ込んできた。大量の風だ。明るくて澄んでいて、すずしい大量の風。からだがふたつに割れそうなほどの勢いで、風がサーッとわたしの中に吹き込む。真夏の真昼間に、それはふしぎな感覚だった。まるで天命のような風。ギターの音階が上がった。同時に声の高さも上がり、まぶしいくらいに明るく澄んだせつない声が〈男〉の中から出て、



はじけるスイッチ

はじけさすスイッチ



と叫んだ。やばい、と思った。この声は突き刺さる。突き刺さって胸に穴をあける。そこからサーッと風が入ってくるのだ。


うたうほどに、〈男〉の声はどんどん高さと透明度を増していく。真夏の入道雲の勢いで。雲の間から陽が射すから、まぶしすぎて目をあけていられない。まぶしいのに、からだの中にはすずしい風がサーッと大量に吹き込んでくる。吹き込んで、からだの中を循環して、どこかへ流れていくのだけれど、新しい風がたえず入ってくるものだから、風の循環はいつまでたってもとまらない。



こわれるスイッチ

こわしてくスイッチ

とどけるスイッチ

とどけさすスイッチ


なにを確かめにきたの?

なにを見せびらかしにきたの?

なにが知りたくてきたの?

なにを置いてってくれるの?



せつないまでに澄んだ声が、こちらに問いかけてくる。問いかけている? いや、そうじゃない。はじめよう、としているのだ。そう思った。一緒に、はじめよう、と誘っている。ほかに手段を持っていないから、声をふりしぼって、〈男〉は求愛している。わたしに、わたしたちに、この地上に、世界に向かって、歌で。



はじけるスイッチ

はじけさすスイッチ

まるめるスイッチ

まるめこむスイッチ

ひびかすスイッチ

ひびかせるスイッチ

かきだすスイッチ

かきうつすスイッチ



この新しい1曲目で、わたしはもう充分だった。とんでもない贈り物をもらってしまったと思った。からだと心がジンジンしていた。高いところから飛び降りた足の裏みたいに、全身がジンジンしていた。ここ数年でだんとつの瞬間だった。やったぁ! って叫び出したかった。


伝えたいわけじゃない。言いたいわけじゃない。教えたいわけじゃない。答えたいわけじゃない。でも、歌はいつだってここにある。口から出る。鼻からも出る。頭の中でも鳴っている。歌はどこへ行った? いや、歌はいつもここにある。消えようがない。だから〈男〉は、わたしたちの前に現れた。歌を持って。そして、はじめよう、と彼はうたい始める。答えは持ってないけど、なんだかよくわからないけど、でも、一緒にはじめよう。一緒に考えよう。一緒にいよう、って、〈男〉はうたう。こんな歌を聞いたことがあるだろうか。わたしは初めて聴いた。答えのない歌。届けない歌。伝えない歌。だけど聴くと、心がすずしく明るくなるのは、スイッチがここにあることが差し出されるからだ。わたしたちのスイッチ。


最高だな、と聴きながらわたしはひとりで首を横にふった。悦に入った映画の登場人物みたいに。白い百合の矢の残像なんて、どこかへ消え去ってしまった。そんな気持ちにさせてくれる歌があることが、何より幸せだった。それで正直に言うと、最初に受け取ったあまりの衝撃のせいで、そのあとのことはよく覚えていない。3人で演奏した昔の曲も今の曲も、ふたりのドラマーがひとつのシンバルをうれしそうに叩く可愛らしさも、ドラマーがきれいなアコースティックギターの音を出したり、ドラマーがお茶目なカシオトーンを弾いたりする面白さも、最初のジンジンとする衝撃のまま、うっとりと聞き流してしまった感じ。


だけど、そんなふうに惚けたようになっていても、唯一聞き逃さなかったことがある。アンコールの『アンテナ2』が終わった拍手の中で、「あ、そうだ」と思い出したように〈男〉がメンバー紹介をして。そのあとに最後の最後に言った言葉、それだけは聞き逃がすわけにいかなかった。


「鈴木惣一朗……鈴木康文。佐藤幸雄です。バンドの名前はすきすきスウィッチです」、〈男〉はそう言った。


なーんだ、わたしの呪文も、あながち間違いじゃなかったじゃん。



すきすきスウィッチの0回めのライヴを見たひとたちのつぶやき、ツイッターにたくさん挙がっていたけれど。すてきな感想文、と思って、わたしが“お気に入り”に選んだのは、まるで知らないひとのこのつぶやき。


真っ昼間から、ミラーボールではなく扇風機が回る小さなレコード店で、昨日から今日にかけて聴いた音楽が全てが吹き飛んでしまいそうなくらい最高のバンドの演奏を聴いてしまった。そのバンドの名前はすきすきスウィッチ。


というわけでこの物語、次はどっちの方向へつづくのやら……。



挿入歌/すきすきスウィッチ『スイッチ3』

         


★すきすきスウィッチ(=佐藤幸雄 v.g+鈴木惣一朗 dr.g+POP鈴木 dr.kb)のライヴ!→→→●10月14日(日)12:00?13:00 高円寺円盤にて。チャージ1500円(飲み物込)★★★と告知したらば、予約が定員に満ちていたようです。次々回は11月4日(日)。





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