別れたあとも

 今生日記konjyo nikki  ー別れたあとも

手でつるりんと皮のむける里芋が入った、とヒロセくんがツイ

ートしてたのが気になって、高円寺のバー鳥渡へ行った。浜千

鳥というお酒を呑みつつ、里芋の煮たのや蒸かしたのをつまみ

つつ、壁にかかっているヒロセくんのモノクロームの写真を眺

めたり、若いひとたちがつくっている写真集を見たりしつつ、

レコードを聴いた。原田芳雄のあとにかかったのは、樋口可南

子の20歳ぐらいのときのレコード。その中に忌野清志郎作詞作

曲の『別れたあとも』という曲があった。グッときた。清志郎

がうたえば、もっともっともっともっとグッときただろう。


千鳥模様の猪口に並々注がれる浜千鳥を3杯呑んでバー鳥渡を

出ると、結構な雨が降っていた。でも駅まではすぐ。ホームに

立ってざあざあと降る雨の音を聞いていたら、突然涙が湧いて

出た。電車に乗ってドア側を向くと、涙がぽろぽろとドロッ

みたいに出てきてしょうがないので、ああ、もう……と手ぬぐ

いを出して目を覆った。去年の誕生日だったか、ヒロカにもら

ったスズラン柄の手ぬぐいだ。いい歳をした女がこんなにぽろ

ぽろ泣いているのを、まわりの乗客が訝しく思っている気配が

ないのが、泣きながらちょっと癪に障った。


西荻駅で降りると、雨はさらに激しくなっていた。でも家まで

はすぐ。ざあざあの中を歩き出すとドロップもぼろぼろとこぼ

れる。夜道だし、そのほうが少しラクになるかもしれないと思

って、ちょっとだけ声を出して泣き始めた。だいぶ前に2コが

大泣きしたとツイートしていたのを読んで、うらやましく思っ

たことを思い出して、そうだ、たまに大泣きしないと心の澱が

たまってしまうから大泣きはしたほうがいいのだと頭の中で言

いながら、オイオイと少し声を出し、ぽろぽろと涙をこぼしな

がら歩いた。


うしろから歩いてきた女の子がわたしを追い越す。腿もふくら

はぎも同じ太さの長い脚をショートパンツから出して、黒い髪

を無造作に伸ばした子どもから娘になりかけの女の子。いい歳

をした女がこんなにぽろぽろ泣いているのを、この子も訝しく

思っている気配がないのが、泣きながらちょっと癪に障った。

それで引き続きオイオイと少し声を出し、ぽろぽろと出る涙を

ヒロカにもらったスズランの手ぬぐいでぬぐいながら歩いてい

ると、追い越していった女の子がこちらに戻ってきてわたしに

言った、「あの、大丈夫ですか。あの、もう1本向こうの道な

らアーケードがありますから」。ああ、ありがとう、大丈夫。

ありがとう。白い手ぬぐいで涙をぬぐいながら、たぶん彼女に

笑顔で言ったはずだけれど。そうか、わたしはどしゃぶりの雨

に打たれていることじたいがすでに気の毒ないい歳をした女な

のだと思うとさらにぽろぽろと涙がこぼれて、でも駅から5分

の距離なのでじきに家に着いた。

服を脱いで髪を拭いて顔を洗って歯を磨いている間も、涙はあ

ふれてきて止まる気配がない。母が寝ているのでオイオイと声

を上げることはやめようと思うのだけれど、それでもほんの少

し漏れてしまう。ベッドに横になってからも。でも眠ってしま

ばこっちのものだ。いつだってそう。ぐらぐらの乳歯を抜く

に麻酔の注射を打たれたのが気持ち悪くて、ソーダ味のアイ

キャンデーでとんとんと歯肉をたたいても気持ち悪くて。

眠ってしまえば起きたときにそれが消えていることがわか

から、どこか調子が悪いときは寝ちゃうに限るのだと知った。

寝ちゃえばなんでも治るのだ。


翌朝、どしゃぶりの雨の音。目覚めてもなお、涙が出てくるこ

とに驚かされた。どんな傷みだって、眠ってしまえば治ってい

たのに。根が深いんだな、これ。ベッドの上で自分の内側を観

察してみる(自分の内側を観察することはヨガで学んだ)。

腹の下の奧のほうがふるふるとふるえるようになって、どうや

らそから哀しみの感情が湧き出ているみたい。ふるふるとし

たふるえが胃や肺や心臓を通り越し、のどから鼻を通ってアー

ド型をした目の縁からあふれ出てくるのだ。おいおい、か

んべんしてよ、と思う気持ちにそれを止める効果は微塵もない。


自分をかわいそうだと思う人間なんて大嫌いなんだけど、でも

自分がかわいそうでわたしは泣いている。強く求めているのに、

それがかなわなくてかわいそうで泣いている。同情はしかねる

けれど、事実は曲げようがない。宵越しの涙。いったいどうし

たものか。鮭の缶詰に醤油をたらしたの、食べたいな、と、ち

っとも食べたくないもののことをふいに思って。渇望の根っこ

がわかってしまった。お腹がふるえるようにして涙が出てくる

理由。あきらめられないんだな、わたしは。妹たちがとっくに

あきらめた(ように見える)ことを。でもそれはとてもブログ

に書けるような話じゃない。だから書かなけれど、書かない

ということはいておこうと思った。あのの子への感謝の気

持ちだけは。それでこの項の挿入歌はオシリペンンズの『大

人も泣くんやね』がいいかな、とも考えたんだけど、いや、

はりここは清志郎の『別れたあとも』で。



あれは日曜日 あさひ通りをちょっと曲がったところで

きみの声を聞いた

ぼくの名前 呼ばなかったかい?

ふりむいたら もう きみはかくれたあと

意地悪しないでよ 別れたあとまでも


それからこのあいだ 多摩蘭坂を下ったところで

きみの姿を見た

あのバスに乗ろうとしてた 逃げるようにバスは行ってしまう

ああ 意地悪しないでよ 別れたあとまでも


今日ここに来る時 明治通りをちょっと入ったところで

きみの後ろ姿

あのセーター着てた 追いかけたけど いつもきみを見失う

ああ 意地悪しないから もどって来て いつか晴れた日に



コメント
コメントする








   

プロフィール


白江亜古
しらえあこ
ライターなう。

バックナンバー

過去の記事

コメント

others