まほう外伝

 今生日記konjyo nikki  ーまほう外伝


今ここで書き進めている「インタビュウ」は、手袋をはめた指先をさらにポケットに入れたい寒さになる、年の瀬まで続く長い読み物。だからたまにこうして、雑談の隙間を挟もうと思います。


すこし前ですが、事実無根の事柄を調子にのった文章でここに書いてしまって、あるひとに迷惑をかけた、ということがありました。しかも相手に教えてもらうまで、当時者の自分がそのことにまるで気がつかなかった、というお粗末ぶり。文章を書くことは、(書かれる)人や世界に荷を負わせること。自分がそれをしてしまう人間であるという現実と戦う覚悟がなければ、ものを書いたりしてはいけない。あこさんは自分の文章がどれだけ危険なものなのかということに無自覚すぎる気がする。文章の力というのは武器なんですーー。わたしが迷惑をかけてしまったひとは、こんな内容のことをメールで伝えてくれました。本当におっしゃるとおりで、返す言葉もないのです。事実無根の事柄については、表現を変えて書き直したけれど、ブログは一過性のものである割合が高いと思うから、後の祭りかもしれない。それで、自分が「調子にのる」ことがちょっと怖くなっています。というか、それからずっと考え中。文章を書くこと、書いてしまうことについて。


これは「インタビュウ」に今後書くことなのだけれど、太宰治は、誰かと交わした会話がそのまま作品に出てくる、みたいなことがわりとあったそうです。話していることがすでに、次の作品の文章だった、というか。頭の中にあることや日常が、文章と直結していたのだと思います。「インタビュウ」の主人物のひとりである秋田富子さんが、尊敬していた萩原朔太郎が死んだときに泣き暮れて(流した涙が耳に入って結核性の中耳炎になったくらいに)、その哀しみを太宰に宛てた手紙に書いた。太宰の『水仙』は、富子さんのその手紙をモチーフにした短編で、自分の手紙を勝手に使われたことと、小説の中の太宰流の(事実とは異なる少し残酷な)脚色に対して、富子さんはひそかに傷ついていたといいます。この話を知ったとき、「ああ、わたしもやってしまいがちだな」とわたしはすぐに思いました。し、現に過去にも最近にも、そういうことをしてしまっている。自分がとくべつ大事に思うひとに対しても、そういうことをしてしまうのです。おかしな話です。


なんでそんなことをしてしまうのだろう……と考えるに。実際ここにいるひとよりも、物語や文章をでっちあげることのほうが、もしかしたら、わたしには大切なのかもしれない。酷い話だけれど、そうとしか思えないのです。人ごとのようだけれど。物語や文章をでっちあげることのほうが大切だから、自分が好きなひとたちを傷つけることを平気でしてしまう(たぶん肉親に対しても平気でそれをする)。もちろん、そういう行為を肯定したいわけじゃありません。ひとを傷つけたり悲しませたり怒らせたりすることは、もちろんしたくないし、自分だってそれによって傷つくのだし、それをしてしまう自分は許しがたいのです。なのに、してしまう。大げさに言えば、一種の自傷行為のように。そこまでして物語や文章をでっちあげることに、いったいどんな意味があるんだろうか。そんなことをここのところ、ずっと考えています。


と、こんな惨い話につきあってもらって、しかも中途半端で終わるなんて、読んでくださっている方々にまことに申しわけない。なので、ひとつだけ、また物語を。〈まほう外伝〉です。

                ★



 「金木犀の香りはわざとらしくて好きじゃない」って、いつか言っていた親友は、今月もライヴが終わると早々に彼のパートナーとどこかへ消えた。きっと、いつものように高円寺の市場の中のベトナム料理屋で、ディルをまぶした揚げ白身魚やライムを搾ったトマトと牛肉のフォーでランチをすませて、次の楽しみ事へと彼らは急ぐのだ。

 10月の日曜日の真昼間。2012年からのすきすきスウィッチの、3回目になるライヴの日。わたしはT夫妻と、金木犀の甘い香りがどうしたってつきまとう青い秋空の下を歩いていた。

 ゆるい陽ざしと、お酒が入って熱くなった頬を冷やしてくれる気持ちのいい風。円盤での打ち上げを続けているひとたちより一足早く、T夫妻を次の打ち上げ場所である安い中華屋へ案内する役目を買って出たのだけれど。円盤で黒霧島のロックをすでに2、3杯呑んでいる、ふんわりした気分のままにどうやら道を間違えたらしい。近いはずの中華屋になかなか辿り着けない。


「ごめんなさい。間違えちゃったみたい。すごい遠回りしてる気がする」

 いつもライヴに来ているので、顔見知りではあるけれど、直接的には言葉を交わしたことがなかったT夫妻にわたしは詫びた。

「いや、これはむしろいい回り道だよ」

 夫のTさんがニコニコとした顔で言った。もちろん、わたしに気を遣って、ではあるけれど、実際、彼らは迷い込んだ裏道のなんてことない風景を面白がっているようにも見える。

 ひとり暮らし用の小さなマンションや、やっているのかいないのか判別のつかぬ飲食店が混在する迷路ーー。確かに彼の言うとおり、わたしたちがしているのは「いい回り道」だった。50歳を過ぎた大人の男や女になって、日曜日の昼間に、物理的にはまったく親しくないつながりにもかかわらず、ほろ酔いで肩を並べて高円寺の見知らぬ小道を歩いている。ふわふわとニコニコとした気持ちで、意味も目的もない遠回りを楽しんでいる。これもまた例の……ふつうならありえない、まほうの時間なのだ(そうか ふつうじゃないんだっけ)。



 T夫妻はいつから円盤に通っていたのだろう?  夫のTさんはとあるバンドのギタリストで、〈男〉とは旧知の仲らしいから、去年11月に〈男〉とPさんが公開練習を始めときからずっとなのかもしれない。練習後にそのまま円盤の窓際でずるずると続けられる打ち上げに、わたしが初めて加えてもらった4月には、彼らはすでにそこにいた。

 いつもニコニコとして、穏やかな口調で〈男〉と会話しているTさん。奥さんが静かに寄り添って、うなづいたり微かに笑ったりしている。そんな彼らの間に割り込むことは憚られたから、わたしはT夫妻と、それまで言葉を交わすことをしてこなかった。でも、それでも彼らは充分に“親しいひと”だった。

 遠回りの小道を肩を並べて歩きながら、わたしは初めて彼らに話しかけた。 

「公開練習の録音を繰り返し聴いているものだから、おふたりの声をわたしはいつも聴いていて」

 え? という顔でT夫妻がわたしのほうを見る。

「おふたりがちいさな声で、演奏が始まる前や合間にささやく言葉が、録音されているんです。わたしにとっては、それが公開練習の演奏の一部になっていて、なんとも心地がいいんです。おふたりのささやきが」

 本当だった。〈男〉とPさんがカバー曲を演奏したあとで、Tさんが「ブライアン・イーノ」とうれしそうな声で隣の妻にささやき、妻も「はい」とうれしそうに返す。何かの演奏のあとには、よっぽど彼らの好きな曲だったのだろう、「ちょっとこわい」とくすぐったいような声で妻が夫にささやくのも聞こえる。そういう声や、円盤店主の田口さんが演奏の始まる前に流している曲や、誰かの咳き込む音のすべてが、わたしにとっての公開練習の記憶。音楽だけがぽん、と浮かび上がるんじゃなく、そこにいるひとたちの気配の中に音楽がある。そういう時間が、わたしも好きだった。T夫妻同様に。

 でも、それももう、遠い時間の記憶となっていく。公開練習を経て、〈男〉とPさんが加わってすきすきスウィッチになって、公開練習の続きのように、円盤の“昼の部”で3回のライヴをやった。次の11月のライヴは、円盤の夜のレギュラーの時間帯に行われる。だから昼間のまほうは、ひとまず10月でおしまい(またそのうちに再開される様子だけれど、そのときはまたそれで新しい時間になるわけだし)。11月からは、また違う物語が始まりそうな気配がある。



 10月のライヴのあとで〈男〉が、中華屋での打ち上げにTさん夫妻を誘うと、Tさんは言った。

「今日は、参加させてもらおうかな」

 「今日は、」なのだな、とわたしは端で聞いていて思った。ということは、いつもは彼らは遠慮していたのだ。ズカズカと入り込まない、ベタベタと馴れ合わない、慎み深いひとたち。

 公開練習も円盤の夏祭りも、毎回欠かさず〈男〉の演奏を聴きにきていたT夫妻が、9月のすきすきスウィッチの2回目のライヴには入れなかった。予約をしようとしたときには、すでに定員に満ちていたのだという。入れなくても、彼らは円盤に来ていて、閉められたドアの外で聴いていた。その姿を見つけたとき、なんて奇特な……と少し驚くと同時にわたしは内心呆れてもいたのだけれど。

「いやあ、外に漏れてくる演奏を聴くのは、それはそれでいいものなんだよ」

 Tさんがニコニコしながら言ったので、このひとたちにはまったくかなわないな、と思った。

 どういうわけか〈男〉には、この手のファンがいる。遠回りを「いい回り道だよ」と言うようなひとたちが。急がない、焦らない、怒らない、決めつけない(わたしと真逆なタイプだ)。だから〈男〉のことを、なんて幸せなひとなんだろうと思う。そんなにすてきなひとたちが回りにいるのだから、彼自身もきっとすてきなひとなのだろう、と思う。でも、実際の彼については、まだよく知らないのだけれど。

 10月のすきすきスウィッチのライヴは、不思議な親密度に満ちていた。〈男〉は「伝えよう」と思って来ていた。ゆっくりと、かすかにうごめく本当に大切なものを見失わないように、ゆっくりと、いい遠回りをして、一緒に歩いていこうーー。そんなことを、1時間みっちりの演奏のすべてで「伝えよう」としていた気がわたしにはする。


 音楽はもともと、左官屋さんとか巫女さんとか床屋のおじさんとか誰でもいいんだけど、村の中で歌のうまいひとが歌うのを聴くものだった。どこかの場所に集まって、知っているひとの歌や演奏をみんなで聴いたものなんです。それが、音楽だけが切り離されて、CDだかなんだかの再生装置で自分のところへ音楽だけを引っ張ってきて聴くようになったのは、たかだかこの数十年の話なわけで。だから、顔見知りから始めませんか。


 言葉は正確ではないけれど、〈男〉は演奏の合間にこんなことを喋った。「顔見知りから始めませんか」なんて客をくどくバンドが、2012年の日本に存在する奇跡に、わたしは驚いて呆れた。呆れて、そうか、そういうつもりなのか、と何やらすがすがしい気持ちになった。それなら焦る必要も、怖れる必要も、焦がれる必要もないのだ、と。

 ライヴのあとで、ツイッターに上がった感想を読んで、そのすがすがしさは決して、(またお得意の)自分の思い込みだけではなかったと思った。



すきすきスウィッチの歌には、人間関係を構築する勇気みたいなものを、そっと後押ししてくれる力があると思ってたけど、日曜日見たライヴではそれを直に感じられてとても感動。


昨日のすきすきスウィッチ。先月よりも、更に心情的、とも。『忘れてもいいよ』を1枚目から5枚目まで順番に聴いた、その先の、今の佐藤さんの唄か、と思うと、すきすきは、生活とか、日常の中の音楽であることを、強く印象づけられる。


「これからのことを相談しましょう」って佐藤幸雄さんが最後に冗談で言ったんだけど、"はじめて"の歌詞の世界を体現してくれているようで、ほろりときた。


今も変わらなかった佐藤幸雄の「うた」に対する真摯さに、初ライブの感激も相まって泣きそうになった14日のすきすきスウィッチのライブ。そのライブ後に友人3人と呑んだ酒は今年ベスト3に入る旨さだった。



 日曜日の真昼間のライヴは、大人の不思議な密会現場のようで、そこからたちのぼる音はドラムもギターもキーボードも歌も、ただひたすらにみずみずしく、冒険心にあふれたものだ。

 すくいとって喉をうるおせば、じんわりからだにエナジーがいきわたる。いや、からだじゃなく、たましいに。たましいの奧深いところを、すきすきスウィッチは押してくる。じわっとお灸のように、押されたところはあたたかい。くすぐったいようなあたたかさが続く。まったく希有なバンドだ。たぶん彼らは音楽を聴かせるためにいるわけじゃない。関係するために、彼らは演奏している。記憶を共につくるために。だから、ただで帰してはくれないのです。


 10月の日曜日。T夫妻は結局、安い中華屋での打ち上げのあとの、安い焼き鳥屋での打ち上げにもつきあって、最終バスに乗り遅れるまでその場にいた。ニコニコと静かに笑いながら、わたしたちはいつまでも尽きない話をした。

 それもまた、遠い昼や夜の記憶になっていく。ひとつひとつが記憶となって、はるか遠くへ駆け去っていく。まほうが始まってから、いとおしくてたまらない記憶がわたしの中に降り積もっていくばかり。そして、やがて冬がくる。


すきすきスウィッチ(佐藤幸雄+鈴木惣一朗+POP鈴木)のライヴ

●11月4日(日曜日)19時会場/19時30分開演@高円寺・円盤 チャー

ジ1500円(1ドリンク込) 予約受付中。

http://enbanschedule.blogspot.jp/2010/05/11.html

●12月2日(日曜日)夜@渋谷・LAST WALTZ 詳細は近日発表。



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白江亜古
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