自分ナゾ……

 今生日記konjyo nikki  ー自分ナゾ……


ことばをつなぐのが たまらなくいやになる

ことばをさわるのが たまらなくいやになる

らららららら らら

ららららららら           『あんなに好きだったこと』山本精一


というわけで、今週は「インタビュウ」シリーズはお休み。

最近のことを少しだけ書きます。




おとつい、納戸の上のほうにのせている紙製の大箱を「これ、なんだっけ?」と開けてみると、中身は大小さまざまなアルバムだった。過去を振り返ることがあまり好きではないので、アルバムなんて滅多なことでは見ないが、おとついはなんとなく開いてみた。稼いでいた頃に泊まった伊豆の高級旅館のバリ風のロビーや、温泉の中で両腕を広げてポーズをとっているまだ若い母。ベトナムを最初に旅したときのハノイの朝もやの風景。ベトナムの魅力に取り憑かれて、山岳少数民族の村など、約一ヶ月間かけてあちこちさまよっていたときの大量の写真。何回となく訪れている中国は……あれはいったい何十年前になるのだろうか……石川夫妻はもとより、特殊音楽家のとうじ魔とうじなんかも一緒に大勢で、神戸から出航する鑑真号という船で上海まで二泊三日かけていったことがあって、そんな写真もアルバムに収められていた。さらに時代をさかのぼると、“東京川クルージング”と称した、東京の川を船で下る催しに参加したときの写真も残っていた。その船の上でたまが演奏をして、それがわたしやあるが彼らと知り合うきっかけだった。恋人がわたしを撮ったポートレートもあった。20歳ぐらいのときにバイトしていた東中野の喫茶店『山猫軒』の前に立つエプロン姿のわたしの姿もいた。


アルバムをめくりながら、なつかしさではなく、妙な感覚に襲われた。いろいろな過去の時間の、いろいろな場所にいる自分の姿を見て、「ああ、こんな女のひとが生きていたんだなぁ」と思うのだ。自分の若い頃ーーというよりも、なにか自分ではないみたいで。知っているようで知らないひとの、生きていたときの姿を見ている、そんな感覚。たぶん今もそうなのだろう。昨日の自分も、おとついの自分も、一週間後、一ヶ月後の自分も、今日のお昼にハムエッグを食べていた自分も、すでに自分ではなくなっている。過去だけでなく、きっと未来も。これから、わたしの身に起こることやわたしの吸う息も、わたしのものではないような気がしている(自分ナゾ、ドウデモイイノダ)。



話は変わるが、今年になって、本当に久しぶりに好きなひとができた。そうしてみると、おもしろいことが起きる。いつか小説の中にでもこっそり紛らせてみようと思っていたのだけれど、いつか、なんて、いつ来るかわからない。だからいいや、ここに書いてしまおう。



あるとき、仕事部屋に面したベランダの端っこに、一羽の鳩が止まって、どういうわけか2、3日ずっと同じ場所にいた。仕事机に向かっているわたしの斜め後、窓の外のベランダの端っこに鳩の存在がずっとある。わたしのそばにいるのだ。で、なんとなく思った、「あ、これは彼だな」。好きなひとがわたしのそばに来ている、と感じた。またあるときは掃除をしていて。わたしは掃除機の長い柄の部分を取ってしまって、ホースを短くして、まるで雑巾がけのように床をはいずりまわりながら掃除機をかけるのだが(ゴミがよく見えるように)、そうして掃除機をかけていると、小さな透明な蜘蛛が床の上にいて、普通は逃げるはずなのに、せっせ、せっせとわたしのほうへ向かってくる。「あ、これは彼だな」って、そのときも思った。好きなひとがわたしのそばに来てくれている。



なんとなく自分のそばにいて、その存在が気になる「生きもの」を、「彼」の化身であると瞬時に感じる。だから、面白いなと思う。恋をしたことで初めて気づいたのだけれど、つまり、わたしはいつしか、人間をそんなものとして捉えるようになっているらしい。たましいは、ときに乗り換え可能なもので。たましいは、それじたいが何らかの意思を持つものではない。たましいは、生きている、というただそれだけの温かい炎。生きものの芯にあるのがたましいで、わたしにとって愛おしいのは、好きなひとのくれる鋭い考察や、甘い言葉や、やさしい眼ざしよりも、彼のたましいなのだ。それが一番大事なもの。この地上に好きなひとのたましいがあることで、わたしは日々、幸せを感じている。


彼に限ったことではなく、自分のまわりにたましいがあるのは幸せなことです。そして、ひとが死んでたましいが消えても、たましいの代わりに残るものはたくさんある気がしている。死んだひとの一部分が、だれかのたましいの中に細かくなって入り込んだりしていると思う。だから、だれかが死んでも、だれかが生きていれば、それでいいのだ(自分ナゾ、ドウデモイイノダ)。




今井次郎さんという希有な音楽家が亡くなった、と知ったのは昨日。きいちがいの浮浪者のおじさんにしか見えなかった今井次郎さんは、石川浩司と『DEBUDEBU』というユニットを組んでいた。http://acocoro.nihirugyubook.but.jp/?eid=117


円盤でのライヴ(なのかな、あれは)が終わったあとで、今井次郎さんは自作のいろんな作品というか気持ちの悪いガラクタ(演奏中に使用する)を大きな風呂敷に包みながら、古い歌謡曲をずっと口ずさんでいた、そのことを夕べは思い出していた。打ち上げのテーブルの端っこで、円盤店主の田口さんや、その日の『DEBUDEBU』のゲストだった日比谷カタンさんを相手に、(確か)戦前の日本のジャズについて熱っぽく話していた姿も思い出した。きいちがいの浮浪者のおじさんにしか見えなかった今井次郎さんだけれど、本当に音楽が好きで、音楽に対して真摯なひとだったのだ、と。今井次郎さんの口ずさんでいた古い歌謡曲のメロディが、夕べはわたしの耳元で鳴っている気がして、そこに彼のたましいの粒子がまぎれているのを感じていた。


死んでいくたましいは、自分の粒子を受け取る生きたたましいがあれば、それでよいのだと思う。だから悼まなくても。自分ナゾ、ドウデモイイノダ。自分であるような・ないようなわたしたちが、それぞれ、たましいを大事に抱えて生きていれば、それでよい気がしています。






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白江亜古
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