IN*29「会えない人」-4

  なんだっけ…………と机に向かって思い出している。昨夜、二階堂麦焼酎に氷と炭酸を入れて、かぼす(金曜更新エバの先週の記事を読んで、さっそく買った香酸柑橘)をたっぷり搾り入れたのを飲みながら「ああ、そうか、こういうことも言えるんだな」とこの文章の組み立てが、もうひとプラン浮かんだのだけれど。飲んでるときって、頭の奥のほうが結構複雑なことを考えてるみたい。シラフの今、うまく思い出せるかなぁ。



        西荻イン&アウト IN*29

     会えない人 -4


 

 その前に、記憶をたどる前に、すでに書いてしまった“まくら”を、そのままイキにしてしまおう。文字ならなんでも読みたい活字(じゃないわな、ほんとはもう。これは活版の字じゃないんだから)中毒の方に、秋の夜長のひまつぶしをしてもらえるかもしれない。


 むかしはインタビューをする前というのは、極度に緊張した。女のひとは大抵なんとかなるんだけど、男のひとと話すのはふだんから基本的に苦手だから、相手から言葉を引き出さなきゃいけない仕事は苦痛だった。ぶっちゃけ怖かった。必ずトイレに行きたくなる感じ。取材前にひとりで外に出て、そこいらへんを徘徊して気分を落ち着かせてみたりもした。

 キャリアが長いので、いろんなひとに会ってきた。忌野清志郎とか桑田佳祐とか松山千春とかタモリとか小澤征爾とか佐藤浩市とか。いやだなぁ、難しそうだなぁ、と思っていたら案外話しやすかったひとがほとんどだ。


 けど、たとえばショーケン、萩原健一。睡眠不足で顔が浮腫んでいるから撮影時間を遅らせてほしい、と事務所から申し出があり。だから始まった撮影の合間に、自分の持てる限りの善人風を押し出して「あんまり眠れなかったんですか」と看護婦みたいにやさしく尋ねてみたのに。「それが悪いですか」と怒ったような顔で言い、「眠れないから水を飲んだんですよ」とぶっきらぼうに言う。なんだこの男、と思った。いい大人のくせに。(今思うと、水でないものを飲んでいたのかもね、なーんて。ちなみに彼はその半年後ぐらいにタイホされてる)。

 撮影後のインタビュー中も萩原健一はぶータレ顔で、「いや」とか「別に」とか「そんなことはない」みたいな返答だけで、話らしい話はまるでさせてもらえず。取材が終わったあとに、編集者とふたりでどっぷり落ち込んだ覚えがある。ところが後日、わたしが適当な言葉をたくさんねつ造して書いた4ページのインタビュー記事に関しては、「すばらしい!」と本人が大絶賛だったというのだから、ほんと変な男なのだ。


 気の弱い犬ほどよく吠える。自信のない人間ほど格好をつけたがる。格好をつけるのは隠しているからだ、と思う。何か隠したいものがあるから、格好をつけるのだ(あるいは中身がないから、格好だけでもつけようとするのだ)。

 でも、そうやって隠して生き通すのも、決して悪くはないと思う。逆に、包み隠さずに生きることも、もちろん悪くない。善い悪い、そういう分類じたいが、この地上ではあまり意味をなさない、と最近は思うようになった。うちは(特に母が)森羅万象、白黒はっきりさせて生きるべし、という主義の家であったけれども。インタビューでたくさんのひとに会って、隠すひと、隠さないひと、隠すこと自体がないひと……本当にいろんな人間がいることを知って、みんな精一杯生きているのだし、生きているだけでいいじゃん、とか考えるようになった。ひとの生き方に間違いなんてひとつもない。たぶん、だけれど。

                ■■■

 と、ここまでが昨日書いておいた“まくら”である。こういう文脈だと、続いて書こうとしているOについての文章は、以下のような話の運びとなる。



               

 会ったことのない、もう会うことのできないOという人物に惹かれたのは、同じ大学の教授だったひとのブログに、こんな記述を見つけたからだ。


極度に気が弱いというか気が優しいので、学生たちの目を直視することができず、授業ではいつも黒いサングラスを着用していて、よれよれの着古した黒づくめの服にサンダル、黒メガネと長髪というのが彼のスタイルで、入試などの監督をさせると、それを見た受験生が目を白黒させているのが面白かった。


学生たちにも慕われていたが、照れ性で感情を露にすることを嫌がるので、厳しい教員のフリをしていた。レポートの締め切り時刻を17:00にすると、遅れてくる学生たちに会うのが怖いので(彼の主義として絶対にレポートを受け取らないので)、電気を消して隠れて、研究室にはいないフリをするのである。


 これを読んだとき、「な、なんて気の小さい…………」と驚いた。そして、可笑しくなってしまった。

 ひとの目を直視できず。感情を表に出したくないから、厳しい教員のスタイルを選び。レポートの期日を守れぬ学生に会うのが怖いので、電気を消して隠れていないふりをする。大の大人の、大の男の、大のつく学校の教師が、なんだか小動物みたい。

 Oはひとが怖かったというよりも、自分がひと(レポート提出に遅れた学生)を拒絶することが怖かった。でもどうしても、レポートの提出に遅れるだらしない態度を彼は許せなかった。怖さと譲れなさのせめぎ合いの結果、くらやみの中に隠れてしまうことを選ぶ人間なのだ。そのことにわたしはものすごく共感できる。自分にもOに似たところがあるから。そして思う。Oはやさしいひとなのだな。やさしくてよわい“主義”者。


                  ■■■


 あぁ、冒頭にはあんなことを書いたけれど、今回はやっぱ、こっちの話の流れでよかったのかもしれない。昨夜、二階堂を飲みながら頭の中で組み立てたことは、本当は枕話にしてしまうにはもったいない愛しいエピソード。なので、項をあらためて書くことにしよう。というわけで、続きます。


                  ■■■


 Oの同僚である先のブログの書き手は、Oを大学勤務にするときの人事にも係わったひとであるらしい。


大学に助教授として呼ぶ条件がすべて揃っていたわけではない。なぜなら、O君はバンド活動を終えた後、パリ大学に留学していたのだが、博士論文に着手することもなく途中で帰国してしまったので、研究者のキャリアとしては早稲田大学学士でしかない。だから、ロック音楽のキャリアを無理矢理研究者としてのキャリアに置き換えて、いわば音楽家として取るしかなかったのだが、そのため給料の査定が低くなってしまった。


 査定うんぬんの話はさておき、Oはなぜパリから途中帰国してしまったのだろう。そもそもなぜ、バンド活動を中断してパリ大学へ留学したのか。ブログを読んだとき、そこいらへんがわたしには引っかかったけれど、だからといってそれについて積極的に知りたいとも思わなかった。何しろ、Oという人物の顔も姿も音楽も文章も、まるで知らないのだから。興味を深める必要がなかったのである。

 でも、なぜか、こうしてここにOのことを書こうと思ってしまった。それで買った彼の著書『ガセネタの荒野』に、疑問の答えはちゃんとあった。『ガセネタの荒野』は1977年から1979年に活動したバンド、ガセネタの結成から分散までを、メンバーだったOの視点で書いた本だ。その最後のほうにこんな数行がある。


〈そうして僕はフランスに渡った。総てを忘れ、総てに蓋をして、僕はフランスに渡った。フランス語を読み、フランス語を書き、フランス語を話し、フランス語を書く生活に入った。上手く行った。上手く行ったと思った。何年かが過ぎて、ある日、封筒に入った一本のカセットが送られて来るまでは。そしてそれから、総てが駄目になった〉


 パリで生活するOの元に日本から送られてきたのは、ガセネタの演奏を録音したテープだった。ある人物がCD化をもくろみ、その承諾をメンバーから得るための郵便物。Oは恐ろしくて、テープを聴けなかった。何秒か聴いたところで、いつもやめてしまった。そして、


〈何も手に付かなくなった。本当に何も出来なくなった。毎日寝てばかりいるようになった。そして、ある日、僕はこれを書き始めた。これを書かないと、僕はもう一歩も進めないと思った〉


 これ、とは本のこと。ガセネタの記録である。


 ギター浜野純、ボーカル山崎春美、ベースO。『ガセネタの荒野』は三人の男の子たちのある一時期の記録だ。Oが、浜野純、山崎春美といった人物と過ごした濃密な時間を書いた本だ。

 ガセネタの活動は、Oが地方から出てきた浪人生の頃にはじまり、大学を卒業する頃まで続いた。ほかの二人のメンバーもOとほぼ同い年。だから、若い“男の子”たちの物語なのだ。実際、読み終えたときのわたしの率直な感想は「これはある種の『ライ麦畑でつかまえて』だよな」だった。読後に清涼感(といったら不謹慎かもしれないが)のようなものが残る青春文学。


 超頭でっかちなインテリ青年たちが、過剰な自意識と厭世観と破滅願望を楯に疾走する、暴力とクスリと裏切りと街角ーー。『ガセネタの荒野』に書かれているのは、確かにそんな風景なのだけれど。実際にあった狂気や、それを経ての死のにおいまでもが映し出されているのだけれど……。

 そうした日々から逃れた先のパリでOによって書き上げられた本は、読む前にわたしが想像していたような“気持ち悪さ”の一切ない、透明な水をつけたペン先で綴られた一冊だった。

 なぜだろう?

 逃げ出してきた魔窟について、触れたくなかった時間について、Oが書く文章が澄んでいるのはなぜだろう?

 今はわからない。わかろうとする頭が、まだ働いていない。もう一週間、考えてみることにしよう。10月の終わりまで、このことを考えてみることにする。



出典:『ガセネタの荒野』大里俊晴/月曜社

    室井尚ブログhttp://tanshin.cocolog-nifty.com/



コメント
コメントする








   

プロフィール


白江亜古
しらえあこ
ライターなう。

バックナンバー

過去の記事

コメント

others